歴史

私たちの日本語部は、1989年シカゴ(都市圏)へ留学していた日本人牧師と、旧グレンビュー福音自由教会の世界宣教(日本人宣教)への篤い思いから始まりました。こうして、日本人留学生牧師たちによるミニストリーに、多くの信仰告白をする者、洗礼を受ける者、すでにクリスチャンだった者たちが加えられてきました。今も、多くの方々を迎えては、送り出すということを繰り返していますが、2001年には、日本からの協力を得て、日本人宣教師としての牧師を迎え、2017年からは、日本語部として、日本語での宣教のために牧師を招聘し、アメリカ人の教会の中にある、日本語で礼拝をする会衆として活動しています。

<前史>「家庭集会から」
1986-87年 留学中の山下牧師の家庭集会を通して、Des Plaines Evangelical Free Church (デスプレイン福音自由教会)にて、日本人夫妻が入信。(この頃、旧八尾福音自由教会、現在のグレース宣教会より、日本語聖書の寄贈があった)。
<留学生牧師に助けられて>「ミニストリーから日本語部へ」
1989年3月 上記の日本人夫妻と、留学中の伊藤牧師夫妻が、Glenview Evangelical Free Church (旧グレンビュー福音自由教会。2011年にコーナーストーン福音自由教会へと改称)にて、日本語での礼拝を開始。
(グレンビュー教会の牧師・長老の働きかけにより、教会の地下集会室で、第一回目の礼拝を、4名でスタート。教会の中にJapanese Ministryが誕生。)
1990年9月 留学中の石原牧師の家庭集会が合流(石原師は91年1月にご帰国)。15名程が礼拝に集まるようになった。
1995年1月 伊藤牧師ご帰国のため、留学中の千代崎牧師を、牧師として選出。
(相次ぐ帰国者・一時帰国者のため、1996年1月の礼拝にて大人3名、子ども4名を記録するが、1998年には礼拝出席者平均25-30名の群れに。地下集会室から、地上階の集会室に移動。1999年、正式に教会の中に日本語部・Japanese Departmentという組織ができる。)
2000年10月 「世界宣教局」(北欧の自由教会運動の流れを汲む「日本聖契キリスト教団」・「日本聖約キリスト教団」・「同盟福音基督教会」・「福音自由教会」の団体から構成される「自由福音連盟」によって設けられた、海外宣教のための組織)との宣教協定締結。専任牧師を迎える動きが始まる。
<宣教師牧師を迎えて>「協力宣教から現地化・自立へ」
2001年7, 8月 蛭沼牧師が「世界宣教局」からの宣教師として派遣され、フルタイムの牧師を迎える。グレンビュー教会(英語部)と世界宣教局との協力宣教が始まった。
(その後も、2005年、2009年、2012年、2014年に協定内容を見直しながら更新、支援が続く。その間、宣教協力のゴールが日本語部の組織、経済面での自立との確認がなされる。)
2006年10月 日本語部の12名が、グレンビュー教会の教会籍を取得。
(その後、日本人が、グレンビュー教会の教会員となり始める。一つの教会の別言語の会衆、Japanese Language Congregationとなっていく。短期滞在者が多く、出入りの多い中でも、2017年には、42名の日本人正会員を登録、子どもを含めた平均礼拝出席者数が80名に。)
<招聘牧師を迎えて>「現地教会の日本語部として」
2017年10月 蛭沼牧師が宣教師としての働きを終えるに当たり、日本から松沢牧師を招聘。
(日本や、米国他州への転勤者・帰国者を送り出し、またシカゴに来られた方々を迎えながら、2019年現在、41名の現在会員、子どもを含め約60名の出席者で日本語の礼拝を継続。「世界宣教局」との宣教協定は終了し、友好協定の締結を模索中。)